沖縄の城(グスク)を訪ねて

最近撮った写真が、過去に撮った写真と同じテーマでつながる‥という事が今までも時々ありましたが、今回のブログもそんな時の流れがつながった話です。

中城(ナカグスク)城跡
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この城は、14世紀後半までに初代中城(ナカグスク)按司(アジ、注1)から数世代にわたり築き上げられました。1440年に(後程紹介する)座喜味城から移ってきた護佐丸によって増築され、現在の形が完成しました。幕末には黒船で来航したペリー提督の探検隊も訪れています。

注1:按司は地方権力者、豪族

裏門
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駐車場からの道程の関係で、見学者の大多数はこちらから見学します。ペリー提督がエジプト式と評したアーチ門。

三の郭
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護佐丸によって増築された郭。三の郭の城壁は直線だが‥

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二の郭
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二の郭の城壁は曲線になっている。

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一の郭

もっとも広い郭。正殿があった。

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中城(ナカグスク)城跡のみ入場料を払います。規模も大きく、維持管理が大変なのでしょう。

勝連城跡

沖縄の城(グスク)の中で最古の城(グスク)という。言い伝えによると、初代城を築いた勝連按司は五代まで続いたが、その後異なる按司の支配が続き、十代目の按司、阿麻和利は琉球王へのクーデターを企て滅ぼされました。

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三の曲輪からの二の曲輪、一の曲輪の眺め
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一の曲輪から二の曲輪、三の曲輪を振り返る
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海中道路

一の曲輪から眼下に本島から平安座島へと続く海中道路が眺められます。

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この道路をドライブしましたが、走るまでフロリダ半島のキーウエストのような所だと想像していました。

座喜味城跡

さてこの城(グスク)が、中城(ナカグスク)城でお話しした護佐丸が築いた城です。護佐丸の娘は、第6代琉球国王、尚泰久に嫁いでいます。

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公園のようになっていて、特にパンフレットを置く管理事務所もなく、自由に入場できます。

座喜味城跡の写真は前の2つの城(グスク)とは同時期ではなく、ずっと以前に撮影した写真です。これが最初にお話しした、同じテーマで過去と現在がつながる‥という所以です。

なお、本部半島には今帰仁(ナキジン)城跡という城跡もありますが、こちらの写真はいかにせんフィルム写真の時代のもので、今回のブログ公開はできませんでした。

これらの城(グスク)は2000年に“琉球王国のグスク及び関連遺産群”として、世界遺産に登録されました。






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