大嘗宮から高御座と御帳台へ

1:大嘗宮

令和元年末、恒例の皇居乾通りの通り抜けの期間に大嘗宮を見学に行きました。

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列に並ぶこと2時間半、やっと大嘗宮正面にたどり着きました。

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私には、映画のセットのようにも、舞台装置のようにも見えます。いずれ取り壊すことになるので、そう見えるのでしょうか?それにしては総工費、約30億円は高額に思えます。

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こちらの写真は後方から写したものです。東京の中心なので、ビルが映り込んでしまうのは仕方ありません。

2:高御座と御帳台

年が明け、令和2年に入ると、即位礼正殿の儀に使われた高御座と御帳台が上野の国立博物館で公開されました。

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朝一で訪れ、約40分並びましたが、それだけの価値がありました。

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こちらは高御座。りっぱな造りに圧倒されました。

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こちらは御帳台。女性的な優雅さに包まれていました。

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こちらは後方から撮影した写真です。

第2会場に進むと、儀式で使われた装束が展示されています。

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後から写真を見てわかるように、説明と一緒に写しました。束帯(武官)=威儀の者。

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右が束帯(文官)=威儀物捧持者。左は先ほどと同じく、束帯(武官)=威儀の者です。

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男性は束帯(文官)。女性は五衣、唐衣、裳(女官)です。

3:御大礼の儀式と装束

国立博物館の展示は以上ですが、帰りに有楽町の国際フォーラム地下で展示されている“御大礼の儀式と装束”を見に行きました。

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ここでは国立博物館では見れなかった天皇の装束、黄櫨染の御袍と皇后の装束、十二単を見学しました。左手の赤い装束は、平安時代~江戸時代に用いられた天皇の礼服、こんべん十二章です。中国の皇帝の装束のようですね?平安時代(820年)に、初めて天皇の即位と朝賀には、こんべん十二章を着用するように定められました。明治時代になってこんべん十二章は大陸から輸入された服制であるため、日本風に改められ、それ以来天皇の即位式には黄櫨染の御袍を着用するようになりました。

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こちらは江戸時代前期、第113代東山天皇御即位式にみる儀式の様子をミニチュアで表現したものです。天皇がこんべん十二章を着用していますね?

それぞれの展示(1~3)は別々の場所で、展示時期も異なるものもあります。それが天皇の即位という1本の糸で繋がっているのが興味深いですね?



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